ごはん食に関する医学的 栄養学的研究調査結果
研究調査一覧
要介護高齢者の栄養管理における米食の位置づけに関する研究
筑波大学 心身障害学系(教育研究科リハビリテーションコース)教授 飯島節
研究協力者:筑波大学大学院 教育研究科 工藤恵子守口恭子
はじめに

我が国では人口の急速な高齢化にともなって要介護高齢者が急増し、その対策が国家的課題となっている。これを受けて、平成12年4月から介護保険制度がスタートした。介護保険制度では、高齢者が安心して介護を受けられることばかりでなく、できるだけ自立した生活を続けられることを目標に寝たきり予防やリハビリテーションを重視しているが、その前提となる健康維持のためには、適切な栄養管理が不可欠である。しかし、一般成人に比べて要介護高齢者の栄養管理のあり方に関する研究は乏しい。

一般に要介護高齢者は生活習慣病をはじめとする多くの合併症を有しており、そのことを念頭において、一般成人のおけるのと同様に、塩分や脂質の制限やカロリー・コントロールなどの栄養管理が必要である。しかし、近年、高齢者における最大の栄養問題は、たんぱく質・エネルギー低栄養状態(PEM; protein energy malnutrition)であることが明らかとなってきた。PEMにおいては、体脂肪や体筋肉の消耗、低アルブミン血症などが認められる。筋肉の消耗は直ちに運動機能の低下を招いて要介護度を上昇させ、低アルブミン血症は褥瘡の治癒を遷延させたり、肺炎をはじめとする感染症に対する抵抗力を低下させる。さらに、PEMによって日常生活活動度の低下、主観的健康感の低下などが認められる。一方、適切な栄養管理によってPEMを改善することは自立度の維持・向上や平均在院日数の減少などに寄与すると報告されている。すなわち、PEMを克服するために栄養管理方法を改善することは、要介護高齢者の健康を維持し自立を助けるために極めて重要な課題である。

米はエネルギーと蛋白の両方を補給できる優れた主食でありながら、脂質や塩分はほとんど含まないため、高血圧、糖尿病、心疾患などを有する高齢者にも安心して提供することができる。また、米は白飯として供されるばかりでなく、粥、握り飯、餅、おじや、炊き込みご飯など、自由に形態を変えることのできる特異な性質を有している。こうした米の優れた性質は、多くの合併症を有すると同時に痴呆や嚥下障害のために摂食が困難もしくは不安定になった高齢者の主食として大きな優位点である。

これまで米食に関する研究は、日本食の一部として生活習慣病の予防の観点から行われたものがほとんどであり、要介護高齢者の主食としての米食の位置づけを検討したものはほとんどない。超高齢社会を迎えるにあたって、要介護高齢者の栄養管理の観点から米食の意義を検討することはきわめて時宜を得た研究になりうるものと考えられる。そこで、要介護高齢者の主食としての米食の位置づけを明らかにする目的で、介護老人保健施設において、主食の摂取状況および高齢者の状態像に関する調査研究を実施した。

研究1.介護老人保健施設における主食の摂取状況
1. 目 的
 

介護老人保健施設における要介護高齢者の主食の摂取状況を明らかにする。


2. 対 象
  関東甲信越地方の介護老人保健施設210施設の栄養士ならびに介護担当者。

3.方 法
 

郵送によるアンケート調査を実施した。

<調査項目の作成>
1 主食として米飯をどの程度摂取しているか、1週間の食事メニュー(朝昼夜)を調査した。
2 米食の長所短所に関する意識を調査した。
3 主食と副食について、形態の段階別人数を調査した。
4 高齢者の主食について、栄養管理の面から専門家が日頃どのように考えているのかを自由記載によって調査した。
以上の観点から原案を作成し、2名の管理栄養士に回答してもらい、質問項目に修正を加えた。最終的に使用したアンケート用紙は付録に添付した。

<調査方法>
郵送により各施設にアンケートを配布し、同封の返信用封筒により回収した。

<分析方法>
実態を単純集計し、下記の視点から傾向について検討した。
1 主食としての米飯・パン食・麺類の摂取状況を比較検討した。
2 米飯がパン食や麺類よりすぐれている点、劣っている点について検討した。
3 高齢者施設における主食と副食についての実態を検討した。
4 自由記載項目による高齢者施設の栄養士による専門的な視点からの意見を集約し、検討を加えてどのような工夫、日頃の悩み、今後の課題があるかを考察した。

4.結 果
 
<アンケートの回収状況>
アンケートは210施設に郵送した。回収数87(回収率41.4%)、有効回答数87(有効回答率100%)であった。
<主食の種類>
図1〜3に米飯、パン、麺類を主食として提供している1週あたりの回数毎の施設数を示す。1週間を通じて米飯を主食としている施設が圧倒的に多く、とくに夕食は7回すべて米飯を主食としている施設が94.3%にのぼった(図3)。朝食は週に1〜2回パン食を提供している施設が約半数認められた(図1)。昼食も米飯が主体ではあるが、週に1〜2回はパン食または麺類を提供している施設が9割以上あった(図2)。
<米飯の優れている点>
パンや麺類に比べて米飯が優れている点として「利用者の希望が多い」「副食との組み合わせが考えやすい」ことが8割以上の回答者から支持された(図4)。ついで「嚥下の問題が少ない」「形態を変えやすい」「栄養のバランスがいい」ことが過半数の回答者から支持された。
<米飯の劣っている点>
米飯の劣っている点として「冷えると美味しくなくなる」ことを46.0%の回答者が指摘し、「食器の洗浄に手間がかかる」ことを指摘した回答者も36.8%にのぼった(図5)。
<主食の形態>
調査施設の利用者7千7百名あまりの過半数にあたる約4千名は「全粥」を主食としていた(図6)。約38%は「米飯」を主食とし、「軟飯」「お握り」を主食とするものが少数あった。
<副食の形態>
副食の形態は「普通」の利用者が約39%でもっとも多く、ついで「きざみ」が30%、「みじん」が13%、「一口大」が10%であった(図7)。
<入所者の介護度>
アンケート対象施設の利用者の介護度は「要介護3」と「要介護4」がそれぞれ4分の1ずつを占め、ついで「要介護2」が約20%、「要介護5」が約15%、「要介護1」が約13%と、比較的均等に分布していた(図8)。
<食事摂取状況>
全体の約3分の2は食事を「自分で摂取」していた(図9)。しかし、「一部介助」を要するものが約21%あり、「全介助」を要する利用者も約1割にのぼった。
<高齢者の主食に関する自由記載>
アンケート有効回答87通のうち、63通に合計146項目の自由記載があった。これをKJ法を用いて分類しカテゴリー化した。カテゴリーは以下の7項目となった。
  1. お米に関するもの
  2. パンに関するもの
  3. 麺類に関するもの
  4. 嚥下、摂食の問題
  5. 栄養上の問題
  6. メニュー作りの工夫と高齢者の嗜好
  7. その他(1〜6のカテゴリーに分類されなかったもの)
以下、それぞれのカテゴリーごとにのべる。( )の中の数値は同じ項目の件数を示す。

1 お米に関するもの(計48項目)
長所として、硬さの調節が容易(1)、副菜との組み合わせが容易(3)であることがあげられていた。
好みに関連する回答が11件あった。高齢者にはお米が食べやすい、好まれるというものが見られた(11)。具体的なものでは「麺、パンのときご飯も食べたいという希望があり、両方出すようにしている」「おかずは残してもご飯は全部食べる傾向にある」などがあった。
硬さの調節に関連する回答が23件あった。お米(おこわ、チャーハン、お粥等も含む)はやわらかめに炊いている(13)。赤飯やチャーハン、お粥も水分を多くしてやわらかめにしているというものもあった。
硬さに関しては「米飯が食べられないからといってすぐに全粥にしてしまうのではなく、米飯を食べられるように工夫することも大切。一度全粥にするとなかなか米飯に戻れない。」というものもあった。お粥にすることで、ちらし寿司や混ぜご飯が食べられないとされていたが、その一方で、普段はお粥でも混ぜご飯等は普通食でも食べられる(6)と言う指摘もあった。寿司粥やどんぶり粥とうの工夫もあげられていた。
白飯以外にする工夫をしているという回答が12件あった。炊き込み御飯やちらし寿司、ピラフ等、白いご飯以外の工夫(4)。味つきご飯は残食が少なく好まれる(4)という指摘があった。逆に「白いご飯」へのこだわりが強く、まぜご飯や丼ものを嫌がる人も多い(2)というコメントもあった。
その他、良質米を提供することや、お粥の場合は熱すぎないように注意することなどがあげられていた。

2 パンに関するもの(計22項目)
パンの長所とパンを提供するための工夫について述べたものが10件あった。すなわち、希望者には普通にパンを提供しているが、思った以上に好まれる(6)、朝はパンを希望、サンドイッチが好まれる、耳なしパン、菓子パンの日は残食が少ないなどと述べられていた。また、カットする、耳を取る、パン粥、バターロールにするなどの工夫がなされていた(4)。
パン食の問題点が12件述べられていた。すなわち、嚥下の問題がある(食べるのに時間がかかる)(7)、パンは主食としてなじみが薄い(物足りない、おやつとして出す)(4)、パンは金銭的な問題があるなどの指摘があった。

3 麺類に関するもの(計13項目)
麺類の問題点が9件記載されていた。すなわち、○食べにくい(食事動作、嚥下の問題)、介助しにくい(4)、○腹持ちが悪い、○調理に人数がかかる、○栄養のバランス(副菜との組み合わせが難しい、塩分のとりすぎ、副菜の残食が多い)(3)などが指摘されていた。
麺類を提供する場合の工夫としては、○やわらかくゆでて、細かく切って提供(ただし、麺と言う感じはしない)(4)すると述べられていた。

4 摂食、嚥下の問題(計16項目)
高齢者には嚥下障害が広く認められ、義歯、欠損歯が多いことも問題として指摘されていた。そのため、さまざまな形態の調節を試みているが、実際には困難なことが多い(8)。
たとえば、嚥下障害を有する場合にはトロミ食が推奨されているが、高齢者はこれを嫌うことが多い。トロミアップや片栗粉でペースト状にしているが、味が変わるし分離してしまう、とろみを付けると暖かいまま食べられない、食事形態を介護者が決めているが、実際に食べている状態をチェックできない、などの指摘があった。
一方、好きなものでも食べたいと思うものはつまることが少ないように感じる、きざみやミキサーに偏らずよく噛むことで味を楽しめるようにしている、安全性と食事を楽しむ事のバランスを大切にしたい(安全性のみを重視すると経管栄養になる)、肉をミンチに、フルーツをカッターで切る(2)、ご飯の他に麺、パンを取り混ぜることで咀嚼の機能回復をはかる、などの工夫も述べられていた。

5 栄養上の問題(計5項目)
栄養管理上の問題としては、糖尿病食などの治療食に関するものの他、褥瘡形成やPEMなど低栄養に関する問題の指摘もあった(3)。栄養のバランスを保つことや、摂取率のアップをはかることも述べられていた(2)。

6 メニュー作りの工夫と高齢者の嗜好(計34項目)
高齢者の嗜好を取り入れ、バラエティに富んだメニューや盛り付けの工夫をしていることが数多く記載されていた(28)。
たとえば、イベント食、弁当、バイキング、選択(ご飯とお粥、ご飯とパン)(3)などである。
しかし、メニュー作りには、金銭的な問題、好みに合っているのかわからない、好みに合わせるのは困難、安全面優先になってしまう、などの難しさも指摘されている。
高齢者の嗜好に関する指摘も多く(6)、食事形態が洋風・和風・中華と多様になってきている、朝はパンがいい人もいれば絶対ご飯がいいという人もいる、好き嫌いが多い、などと述べられている。
また、主食の喫食率が副食を上回っているという指摘もあった。

7 その他(計7項目)
その他の記載には、高齢者でも特別な注文がない限り普通の人と同じでよいと思う、楽しく食べてもらえるように工夫していきたい、食事は入浴と並ぶ大切なこと
安全に家庭的な食事の提供、50〜60代の若い人の対応が困難(介護保険により若い入所者も出てきた)、食事はリハビリである、おかずと混ぜないようにしているが、混ぜてしまう人がいる、カレーライスもジャガイモやにんじん等を一口大に切って柔らかくするとご飯も残さず食べられる、などがあった。
研究2.食事の形態と要介護高齢者の状態像との関係
1. 目 的
 
主食の形態と介護度・痴呆の重症度・日常生活機能(ADL機能)・意欲との関係を明らかにすることを目的とする。

2. 対 象
 

神奈川県下のS介護老人保健施設の平成13年3月1日現在の全入所者90名(平均年齢82.41±6.27歳、男性20名、女性70名)を対象とした。


3. 方 法
 
施設に勤務する理学療法士(PT)1名、作業療法士(OT)2名が、平成13年3月1日〜7日の間に、対象者を直接観察し調査を実施した。

調査項目は以下の通りである。

1 主食形態の分類:常食、全粥、みじん、ミキサー
2 副食形態の分類:普通、一口大、きざみ、みじん、ブレンダー、ミキサー
3 介護度:介護保険の介護度を用いる
4 痴呆の重症度:Clinical Dementia Rating(以下CDR)および改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下HDS-R)
5 日常生活機能(ADL):Barthel Index(以下BI)および食事動作(Functional Independence Measure<FIM>の食事の点数による)
6 意欲:意欲の指標(Vitality Index)

4. 結 果
 
1 対象者の性別と年齢層は、表1に示すとおりである。
2 主食の形態は「常食」と「全粥」がほぼ半数ずつだった(図10)。副食の形態は「普通」がもっとも多く約40%を占め、ついで「きざみ」「一口大」の順だった(図11)。対象者の介護度は「要介護4」が3分の1を占め、ついで「要介護2」「要介護3」「要介護5」「要介護1」の順だった(図12)。HDS-R得点は10点以下が44%に達し、これに測定不能を加えると過半数が重度痴呆に分類された(図13)。CDRによる痴呆の重症度をみると、もっとも重度のCDR3が41%にのぼった(図14)。BIによる基本的は日常生活動作は寝たきりのものから自立度の高いものまで広く分布していた(図15)。FIM得点による食事動作は6点以上のものが過半数を占め、食事動作は比較的自立しているものが多かった(図16)。意欲の指標でも過半数が8点以上で、意欲は比較的よく保たれていた(図17)。
3 主食の形態と調査項目のSpearmanの相関関係の全容は、表2に示すとおりである。今回調査した項目は年齢をのぞくとすべてが互いに有意な相関を示した。すなわち、主食の形態が常食以外のものは常食のものにくらべて、要介護度が高く、HDS-R得点が低く、CDRによる痴呆度が重く、BIや意欲、FIM(食事動作)が有意に低かった。同様の相関は副食の形態に関しても認められた。、表3表4表5表6表7表8に主な度数分布を示す。
考察

介護老人保健施設における主食は圧倒的に米食が多かった。米食の優位点としては「利用者の希望」と「副食が考えやすい」ことがあげられており、米の主食とそれにあう副食が現在の高齢者の食事として広く支持され定着していることが裏付けられた。一方、主食としての米食が単に習慣として定着していることばかりでなく、嚥下の問題が少ないことや形態を変えやすいことなど、高齢者の主食としての積極的な優位点も認識されていた。研究2でみると、米の形態を高齢者の状態に合わせて変化させることにより、様々な機能状態にある高齢者に対応していることがわかる。一方、米食は冷えると美味しくなくなることや食器の洗浄に手間がかかることなどの欠点も認識されているが、それにもかかわらず、米を主食として提供するために各施設で努力していることがうかがえる。

要介護高齢者では嚥下障害がひろく認められ、これが窒息、誤嚥性肺炎、脱水、低栄養などの原因となっている。米食は適度の水分と粘り気があることから、嚥下に困難を有する高齢者に適していると考えられる。また、それぞれの摂食嚥下機能に応じて、形態を粥などに自由に変えられることも利点として挙げられる。一方、パンは水分をあまり含まないことから嚥下しにくく、一部の施設では窒息事故を防止するために原則としてパンは提供しないとしている。また、麺類は噛み切るのが難しくあらかじめ細切れにするなどの工夫が必要である。しかし、こうした食物形態と摂食嚥下との関係についての研究は必ずしも十分ではなく、今後videofluorographyなどを用いた実証的な研究を積み重ねる必要がある。

要介護状態にある高齢者では、今日の一般成人に認められる栄養過多の問題と、摂食困難にともなう低栄養の問題の両方に対応する必要がある。米は主食としてエネルギー源となるばかりでなく、たんぱく源としても優れているというバランスの良さがある。また、おじやや炊き込みごはんにしたりすることによって、他の栄養素を取り込むことも可能である。その一方でパンや麺類のように多量の塩分を含まないことは、高血圧や心・腎疾患を有する高齢者にも安心して提供できる優位点である。今回の調査でもこうした米の優位点はかなり認識されてはいたが、利用者の希望や副食の考えやすさほどには重視されていなかった。今後は、米食の実施状況とともに高齢者の栄養状態や健康状態についての客観的な指標を用いた調査を行い、米食の優位点を明らかにしてゆく必要がある。


米ネット トップページ 研究調査一覧

制作 全国米穀協会 (National Rice Association)
このホームページに掲載の文章・写真・動画像 および音声情報の無断転載・転用を禁じます。