1-1 イネのふるさと

1-1 イネのふるさと

 イネの栽培の歴史は古く、紀元前12~13世紀頃の最古の文献『リグ・ヴェーダ』にイネ(vrihi)のことが書かれています。イ ネが栽培された当初は、おそらく山地・丘陵でアワ、ヒエ、キビなどの雑穀類とともに混作されており、その後、イネだけが独立して水田で栽培されるように なったものと思われます。その理由として、イネは水田栽培に適しており、うまく育てると収穫が多くなり、しかも安定していること、穀粒が他の雑穀類と比較 して大きく、モミもとりやすいので調理しやすい点があげられます。栽培地の条件に応じて、水田で栽培される水稲と、乾燥に強く畑で栽培される陸稲(オカ ボ)に区別することができ、米質により、粘りのあるモチ米と粘りの少ないウルチ米とがあります。
 私たち日本人が3000年間もの長きにわたって利用している米、ジャポニカ種の祖先となるアジアイネの原産地は、いったいどこなのでしょうか。現在最も有力なのが、中国の長江中・下流域とする説です。すでに紀元前5000年、浙江省河姆渡(かぼと)遺跡から、炭化米や稲穂の文様を描いた黒陶などがみつかっています。朝鮮半島南部を中心とする地域からも、約2500~3000年前の炭化米やヒエ、アワ、ムギなどの雑穀類が一緒にみつかりました。