稲作にかかわる祭りとさまざまな儀礼的営み
干ばつや冷害、秋の台風、異常気象による害虫の大発生といった自然の脅威が、現在に至るまでイネの収穫に重大な影響をおよぼすことはよく知られています。
こうした収穫の不安定さや自然の脅威をやわらげ、一方では豊作を祈願するために、古くから稲作にかかわるさまざまな儀礼的な営みや祭りがおこなわれてきました。そのなかで最も中心的な役割を果たしていたのが、田の神やイネの霊にたいする信仰です。すでに古代から稲霊(いなだま)あるいは穀神に関する信仰があり、イネに宿った精霊は米倉で年をとり人びとのもとを来訪します。この稲霊が人びとの先祖霊だと考えられていました。稲作の豊饒をもたらす神はふつう田の神として一般に知られ、えびすや大黒とみなす地域もありました。
水稲耕作は、播種、苗代作り、田植え、除草、虫除け、収穫といった一連の農作業サイクルからなっており、各々の過程ごとに応じた儀礼や祭りがおこなわれました。たとえば小正月(1月15日)、豊作を占う東北地方の田植踊り(特に青森県、八戸のえんぶりは有名)、田植えのさいの田植歌(広島の囃子田)、収穫のさいの初穂を供えて豊作を田の神に感謝する収穫祭(全国各地の秋祭り)などです。このうち、田植えの時のおはやしや歌が芸能となったのが田楽(でんがく)で、古代から中世にかけては芸能集団として活躍する人びともいました。
米をお茶碗1杯分つくるのに、水が容量でその3000倍も必要であることからもわかるように、米づくりにとって水を十分に供給することは死活問題でした。そのため、水不足を解消するための雨乞い儀礼が全国各地でおこなわれました。日でりをもたらした悪霊を追放するための念仏踊り、太鼓やカネを鳴らし雷を呼ぶ雨乞い踊りも広くおこなわれ、なかには芸能化したものもあります。また、病虫害をなくすため、虫の霊をワラ人形にうつし、焼いたり川に捨てたりする虫送りの祭りも夏の夜におこなわれました。
小正月は、稲作儀礼が年中行事化したなかで最も重要なもののひとつです。お粥でその年の豊作を占ったり(かゆうら)、粥をかきまぜた棒を田の神として保存し、苗代にお守りとして使ったり、田植えのまねをすることもありました。このほか、現在でも全国各地でイネの豊作祈願と関連した祭りや民謡、踊りがいろいろおこなわれています。