ごはん食に関する医学的 栄養学的研究調査結果
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米飯を食する習慣と血清脂質値との関連に関する疫学研究
滋賀医科大学医学部医学科 福祉保健医学講座 教授 上島弘嗣
研究協力者:岡村智教喜多義邦門脇崇早川岳人渡邊至
研究目的

近年、国民の食生活は米飯等の穀類摂取量の減少とあいまって、脂質摂取量の増加を来たし、血清総コレステロール値の上昇を招いている1)。脂質摂取量の増加は、主に肉類および乳脂肪の増加によるが、これは、飽和脂肪酸の増加を伴い血清総コレステロール値を上昇させる2)。このような脂肪摂取量の増加は、常に穀類の減少を伴っているので、穀類、特にわが国では、米飯の摂取は脂肪摂取量の抑制と和食の伝統である魚介類の摂取と結びついていることから、血清総コレステロール値の上昇抑制につながっていると考えられる。

そこで、疫学調査より栄養調査・食習慣と血清総コレステロール値との関連を、性、年齢、肥満度の指標であるBMI、等を考慮にいれて検討する。また、飽和脂肪酸摂取量、多価不飽和脂肪酸摂取量、コレステロール摂取量より決まるKeysスコア2)が血清総コレステロール値に与える影響をBMI、食物繊維摂取量とともに検討する。

対象と方法

1990年の厚生省循環器疾患基礎調査では、食習慣と血清総コレステロール値の成績があり、長寿科学総合研究、循環器病委託研究費(研究代表者 上島弘嗣)において、循環器疾患との関連における分析の承認が得られている3.4)。また、「指定・承認・届出統計の有効活用に関する研究」班(研究代表者 柳川 洋)では、国民栄養調査の有効活用に関して分析の承認が得られている5)。本研究では、これらの研究を通して得られたものから、米飯の摂取頻度、あるいは、血清総コレステロール値に影響を与える食生活要因について分析した。

1990年厚生省循環器疾患基礎調査は、7,906名の血清総コレステロール測定者があり、この成績と1日に米飯を食する回数を毎食、毎日2回、毎日1回、その他と分けて調査している6)。この米飯を食する頻度別性別に、年齢、BMI(kg/m2)を共変量として血清総コレステロール値の平均値の比較を行った。

次に、平成7年度の厚生省国民栄養調査を用いた分析では、対象者の内、年齢 20-59歳の男女 3,116人(表1)を解析対象とした7)。ここでは、国民栄養調査による個人別の栄養調査成績を用いて、その個人のエネルギー摂取量が830kcal-3,350kcalの範囲の者を解析対象者とした。これは、個人のエネルギー摂取量が1日分しかなく、エネルギー摂取平均値±2標準偏差を超えるものを、通常の値ではないと仮定して分析から除外した。また、血清総コレステロール値50mg/dl以上、BMI 10以上の対象者とし、それ未満のものもデータ不備として扱った。血清総コレステロール値に対する影響の分析は二つの方法で行った。一つは、血清総コレステロール値を従属変数、年齢、性、BMI、食物繊維、Keysの食事因子量を独立変数とするものである。もう一つは、血清総コレステロール値を従属変数、年齢、性、BMI、魚介類摂取合計量、米類摂取合計量、肉類摂取合計量、を独立変数とするものである。

Keysの食事因子量は1.35(2S-P)+1.5(C)1/2によった。ここで、S,Pはそれぞれ、飽和脂肪酸のエネルギー%、Cは1000kcalあたりのコレステロール摂取量(mg)である2)。食物繊維はいわゆるdietary fiberであり、粗繊維を含むものである。

結果

図1は、共分散分析による、性別、米飯を食する頻度別の血清総コレステロール値の平均値を比較したものである。年齢、BMIを共変量として補正した。この結果では、男女とも米飯を食する機会が多いほど血清総コレステロール値が低かった。

さらに、国民栄養調査の成績の分析で用いた対象者数を表1に示した。また、性別血清総コレステロール値、Keysの食事因子、食物繊維の平均値(標準偏差値)を表2に示した。50歳未満を対象者としているので、血清総コレステロール値は200mg/dlであった。食物繊維は15gであった。

重回帰分析の結果を表3に示した。性年齢を調整し、Keysスコア、BMIを考慮に入れても、食物繊維は独立した関連を血清総コレステロール値を有していた。標準化係数では、Keysスコア(食事因子)と食物繊維は同じ影響力を持っていた。

この影響力をそれぞれの要因ごとに血清総コレステロール値への影響力を示すと以下のようになった。

1gの食物繊維の摂取 0.2mg/dl低下
1BMIの増加 2.3mg/dl上昇
Keysの食事因子量1の増加 0.3mg/dl
女性は男性より 3.8mg/dl低下
年齢1歳増加 0.9mg/dl上昇

さらに、3,116名の対象者に対して、米類摂取量合計(g)が、年齢(歳)、BMI、肉類摂取量合計(g)、魚介類摂取合計(g)、食物繊維摂取合計(g)を考慮に入れて、血清総コレステロール値と関連しているか否かを重回帰分析により検討した。分析対象の男女合計の米類平均摂取量は196g、魚介類摂取量96g、肉類摂取量87g、Keysスコア20、BMI 22.5 kg/m2、食物繊維15.0g、年齢36.3歳であった。その結果を表4に示した。米類の摂取量は、性、年齢、BMI、肉類摂取量、魚介類の摂取量を考慮に入れても負の関連を示した。因果関係ありとして考えると、米類100gの摂取は血清総コレステロール値3mg/dl低下に相当した。

考察

米飯の摂取頻度が多いほど血清総コレステロール値は低く、摂取する飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸、摂取コレステロール値によって決まるKeysスコアの高いほど血清総コレステロール値は高く、米類の摂取量が多いほど血清総コレステロール値が低いことが明らかとなった。これらの関係は、性、年齢、BMI、等の既知の血清総コレステロール値に影響を与えている要因を考慮にいれても、その関係は明らかであった。また、50歳未満の国民の血清総コレステロール値は、Keysの食事因子、BMIの他に、食物繊維も関与していることが明らかとなった。

女性は男性よりもこの年齢層では、約4mg/dl低いといえ、女性ホルモンの影響を反映していると考えられる。年齢は、1歳の加齢ごとに約1mg/dl上昇するが、これは、加齢そのものにおける代謝の変化のみならず、その他の測定できない要因を含んでいる。わが国では、高齢者の血清総コレステロール値は低く5、7)、加齢とともに血清総コレステロール値が上昇するわけではないが、50歳未満ではそのことが出生コホート現象以外にあると考えても不都合はない。

国民の血清総コレステロール値の上昇を抑制するには、脂肪の摂取量を控える必要がある。穀類の摂取と魚介類の摂取が多くなる食生活形態は脂肪の摂取量が少なくなる。穀類とくに米類と魚介類を中心とした和食の伝統的な食生活、および食物繊維の多い食生活―――これも穀類と野菜類、果物類の多い食生活であるが―――コレステロール値の上昇を予防する食生活といえる。

このことは、米国NIHが世界83カ国の食物消費量形態の成績からも明らかである(図2)8)。世界の食物摂取パターンより、脂肪の摂取エネルギー比率が増加すると炭水化物摂取エネルギー比率、特に、穀物からの摂取エネルギー比率が低下する。そのために、先進工業国では血清総コレステロール値が高く、動脈硬化性心疾患、すなわち心筋梗塞が多発した。米国は、かつては脂肪エネルギー比率が40%あったが、過去30年ほどの間に大きく低下し、近年は35%前後にまで低下した8、9)。これにより、血清総コレステロール値も低下し、それとともに、心筋梗塞死亡率も大きく低下した10)。

血清総コレステロール値が高くなると動脈硬化が促進されることは、わが国の疫学調査でも明らかである3.4,11−13)。近年の食生活の欧米化はわが国の若年世代を中心に穀類摂取量の減少とあいまって、脂肪の摂取割合が増加した。本研究により、血清総コレステロール値の上昇抑制と動脈硬化性心疾患の予防の観点から、米飯を食する習慣の重要性が明らかとなった。米飯を食し、魚介類、大豆類を食する和食の伝統を維持したい。

要約

1990年厚生省循環器疾患基礎調査成績より、30歳以上の男女7,906名を対象として、米飯の摂取頻度と血清総コレステロール値の関連を検討した。性別に年齢、BMIを考慮にいれた共分散分析では、米飯を食する回数の多いものほど血清総コレステロール値が低かった。さらに、平成7年度の国民栄養調査対象者、20-49歳男女3,116名の成績を用いて、血清総コレステロール値と栄養素摂取、Keysの食事因子量との関連を検討した。血清総コレステロール値を目的変数、性別、年齢、Keysの食事因子、BMI、食物繊維を説明変数として重回帰分析を行った。その結果、性、年齢、BMI、Keysの食事因子の他に、食物繊維が有意に血清総コレステロール値と関連していた。また、米類の摂取合計量が性、年齢、BMI、肉類摂取合計量、魚介類摂取合計量、とは独立して血清総コレステロール値と負の関連を有していた。

以上より、国民の血清総コレステロール値上昇の抑制には、従来から知られている、肥満是正、Keysの食事因子を低くする食生活の他に、食物繊維の摂取、米飯等の穀類の摂取が重要であるといえる。

文献
1) Ueshima H, Tatara K, Asakura S, et al. Declining mortality from ischemic heart disease and changes in coronary risk factors in Japan, 1956-1980. Am J Epidemiol 1987;125:62-72.
2) Keys A, Anderson JT, Grande F. Serum cholesterol response to changes in the diet. Part I. Iodine value of dietary fat versus 2S-P; Part II. The effect of cholesterol in the diet; Part III. Differences among individuals; Part IV. Particular saturated fatty acids in the diet. Metabolism 1965;14:747-787.
3) 上島弘嗣. 特別報告 1980年の循環器疾患基礎調査の追跡調査(NIPPON DATA).日循協誌 1997;31:231.
4) 上島弘嗣. 平成12年度厚生科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業 研究報告書 国民の代表集団による高齢者のADL、生活の質低下の予防に関するコホート研究 NIPPON DATA, 2001年.
5) 上島弘嗣、他.血清総コレステロール値と関連する身体所見、食生活に関する研究、平成12年度統計情報高度利用総合研究事業「指定・承認・届出統計の有効活用に関する研究班」(研究代表者 柳川洋)報告書、2001年(印刷中)
6) 厚生省保健医療局編.第4次循環器疾患基礎調査(平成2年)報告、循環器病振興財団、平成5年(1993年).
7) 厚生省保健医療局編.平成9年版 国民栄養の現状 平成7年度国民栄養調査成績、第一出版、1997年.
8) Anonymous. Report of the Working Group on Arteriosclerosis of the National Heart, Lung and Blood Institute, Arteriosclerosis 1981, vol 2, U.S. Dept. of HHS, PHS, NIH.
9) Byers T.Dietary trends in the United States, relevance to cancer prevention. Cancer 1993;72:1015-8.
10) 上島弘嗣.総論 循環器疾患、新臨床内科学(高久史麿、尾形悦郎、黒川清、矢崎義雄編)、2001年(印刷中).
11) Konishi M. Iso H. Iida M. Naito Y. Sato S. Komachi Y. Shimamoto T. Doi M. Ito M. Trends for coronary heart disease and its risk factors in Japan: epidemiologic and pathologic studies. Japanese Circulation Journal. 1990;54(4):428-35.
12) Kodama K. Sasaki H. Shimizu Y. Trend of coronary heart disease and its relationship to risk factors in a Japanese population: a 26-year follow-up, Hiroshima/Nagasaki study. Japanese Circulation Journal. 1990;54:414-21.
13) Okumiya N, Tanaka K, Ueda K, Omae T. Coronary atherosclerosis and antecedent risk factors: pathologic and epidemiologic study in Hisayama, Japan. Am J Cardiol 1985;56:62-66.

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