座長からの提言: メタボリックシンドロームの科学とその対策

大阪大学名誉教授・住友病院院長
松澤 佑次先生

 腹囲をマーカーとして、高血糖、脂質異常、高血圧のうち、2つ以上の項目が重なりあっている状態をメタボリックシンドロームと名づけ、その診断基準を、日本内科学会など関連8学会が2005年に発表しました。
 そして、この疾患概念に焦点を当てた特定健診・特定保健指導も2008年からスタートしました。
 "お腹が出ていれば病気なの?"という声もいまだに聞かれます。お腹まわりを測ることにどんな意味があるのか、改めて考えてみましょう。

メタボリックシンドロームとは

 日本人はいま、いつでも食べ物が手に入り、交通が便利になって身体を動かすことも少なくなりました。しかし、そのためにいろいろな健康上の問題が出てきました。たとえば、沖縄はかつて男女の平均寿命が国内第1位でしたが、2000年には男性の平均寿命が26位に落ちました。これは、欧米の食文化が浸透し、車の利用が急速に進んだためと考えられています。また、2006年にはメタボリックシンドロームのバックグラウンドである肥満(BMI*1 25以上)の人たちの割合が男女とも全国第1位になりました。このことは、肥満が沖縄の人たち、とくに男性の平均寿命に影響したことを示しています。もっとも、単なる肥満で脂肪が増えただけという状態ならば、それが必ずしも生活習慣病のリスクになるわけではありません。しかし、内臓脂肪が増えることは、生活習慣病のリスクに直結することがわかってきました。その状態がメタボリックシンドロームです。
 メタボリックシンドロームは、飽食と運動不足など不健康な生活習慣が原因で、健康に警鐘が鳴っている状態です。これを放置し続けると、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管病や糖尿病の発症の危険性が高まり、ついには、生命の危険やその後のQOL*2の低下につながる可能性もあります。
 また、メタボリックシンドロームは、糖尿病や脂質異常、高血圧を個々の病態としてとらえて薬を処方するのではなく、生活習慣を改善し、内臓脂肪を減らすことによって、これらのリスクを一網打尽に改善するために提唱された疾患概念です。

なぜ「お腹まわり」を測るのでしょうか

 内臓脂肪の蓄積はCTスキャンなどでわかりますが、内臓脂肪面積が100p2以上になると、さまざまな疾患のリスク要因となります。この内臓脂肪面積100p以上になるお腹まわりのサイズを、多くの人を調査して割り出したのが、男性85cm以上、女性90cm以上という腹囲の大きさです。女性が5cm太めとなったのは、一般に、女性は男性より皮下脂肪が多いことによります。
 85p、90pという数字ばかり取りざたされますが、この数字を超えれば病気で、これ以下なら健康という基準ではありません。内臓脂肪の蓄積に加え、血圧、脂質、血糖等の異常が重なっていると、動脈硬化性疾患の強いリスクとなります。その異常が、内臓脂肪の蓄積が原因と考えられる場合にメタボリックシンドロームと判定するということです。そして、その対策としては、生活習慣の改善によって内臓脂肪を減らすことがもっとも有効です()。

図1 高血糖、脂質異常、高血圧が複数合併している人

 メタボリックシンドロームの方をきちんと選び出し、食事療法と運動療法の保健指導をしていくという予防医学に重点を置いた制度が、特定健診・特定保健指導です。5,500万人を対象にした国民的な予防医学は、世界でも類を見ない取り組みです。

内臓脂肪を減らし善玉物質を増やす食事

 脂肪細胞は、単なるエネルギーの備蓄細胞ではなく、他の臓器をコントロールするさまざまな物質を分泌しています。正常な脂肪細胞は動脈硬化や糖尿病などを抑える働きをもつアディポネクチン*3などの善玉物質も分泌しています。しかし、内臓脂肪が蓄積した状態では、動脈硬化をはじめ多くの疾患を引き起こす悪玉物質を大量に分泌するようになり、逆に善玉のアディポネクチンは減ってきます。したがって、食生活や運動など生活習慣を見直し、内臓脂肪を減らすことが重要です。
 アディポネクチンを増やす食べ物の研究も進んでいて、低脂肪・でん粉質食、大豆たんぱく、食物繊維、木の実・穀類、魚などが有効とされています()。こうした食材は、もともと日本の食文化でよく使われてきました。食生活では、ごはんを主食として、魚、大豆、野菜をバランスよく組み合わせた和食がすすめられます。

図2 アディポネクチンを増やす食べ物

*1 Body Mass Index:

 ボディ・マス・インデックス。〈体重(s)÷身長(m)2〉として計算します。

*2 Quality of Life:

 クオリティ・オブ・ライフ。「生活の質」のことです。

*3「アディポネクチンを増やして動脈硬化・心血管病を予防」

 木原進士先生の項を参照してください。


[ 前のページへ戻る ]

制作・著作 公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構
このホームページに掲載の文章・写真・動画像および音声情報の転載・転用を禁じます。