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東京医科歯科大学 大学院 健康推進歯学分野 教授 川口陽子 研究協力者:品田佳世子、有明幹子、阿部智、杉浦剛 |
本研究は20歳代前半の歯学部および歯科衛生士学校の学生を対象に、歯牙、歯周組織や唾液の状態などの口腔内診査および口腔内の自覚症状や歯科保健行動などの歯科保健状況ならびに生活習慣、特に食生活についての質問票調査を行った。また、食事記録をもとに食品分析を行った。これらの調査より、“朝食ごはん”群の者はう蝕経験歯数がパン・その他の者より有意に少なく、唾液量は多い傾向がみられ、さらに歯科保健行動に関する意識も高かった。また、“朝食ごはん”群の学生は緑黄色野菜を毎日食べている者が有意に多く、カルシウム、鉄、ビタミンAなど摂取も多い傾向が認められた。“朝食ごはん”群の学生は歯科保健状況や食生活など生活習慣も比較的良い傾向がみられた。 |
これまで一般的に使われていた“成人病”という言葉のかわりに、今日“生活習慣病”という名が提唱されている背景には、これらの疾患が慢性疾患であり、食生活を中心とする個人の生活習慣と密接に関係している疾病が多いことなどがあげられる。 これらの疾病の発生を未然に防ぐ(一次予防)のために、その個人をとりまく環境を考慮しながら生涯を通し無理なく一人一人にあった“健康状態”を維持増進させるが大切である。ここで、生活習慣の内容には、食習慣、運動習慣、喫煙、飲酒等があるがとくに食習慣の影響は大きいと思われる。食習慣とは、食行動(食物の選択、購入、調理、摂食等広範囲にわたる一連のことを意味する)が繰り返し行われることにより日常生活に定着している現象でたいして意識や努力しなくても継続される食行動として位置づけられる。その一方で“食”に関わる要因は、一個人の問題だけでなく、その個人をとりまく環境をはじめ、社会、経済、文化等多岐にわたっている。コンビニエンスストア、自動販売機など便利なものが身近にあり、24時間欲しい時に欲しい物が手に入るようになった今日、元来の日本人の風土、体質にあうとされる日本食離れ、ごはん(米)離れが深刻化している。国民の平均的食生活は大きくかわりつつあるが、日本人にあった健康的食文化を提唱していく必要があるのではないかと考える。 近年、ファーストフードやスナックを食事がわりにしたり、極端なダイエットを行っている若年層の栄養の偏りが憂慮されている。そこで、20歳代学生の食生活、なかでも健康食とされる“ごはん(こめ)”の摂取状況および環境、全身状態、特に歯科保健状態を調査し、関連性について分析を行った。 |
(1)対象 | |||||||||||||||||||||||||||
都内の某国立大学歯学部3年生:男子48名、女子25名、計73名(平均年齢22.1±2.7歳)および歯科衛生士学校1年生:女子28名(平均年齢21.9±4.6歳)の合計101名{(平均年齢22.0±3.3歳):男子48名、女子53名}を調査対象とした。 |
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(2)方法 |
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(3)分析 |
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(1)対象者の概要 | |
対象者を、歯学部 男子:歯学部 女子:衛生士学校(女子)の3群に分け、口腔保健状態、生活習慣および食生活(食事調査)等の結果を表4に示す。 但し、 |
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(2)ごはん食と他の調査項目との関連について |
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質問票の問11より、朝食について、“ごはんを食べている:46名”:“パン、麺類等ごはん以外の穀類を食べている:36名”“その他:18名”の3群に対象者を分け、他の調査項目との関連を検討し、数値化された項目の平均値を表5に示した。なお、“ごはんを食べる”とした割合は、歯学部:男子学生;37.2%、歯学部:女子学生;34.5%、衛生士学校学生;53.6%であったが男女による差はみられなかった。 “朝食ごはん”群の者は処置歯およびう蝕経験歯数が他の2群に比べ有意に少なく、唾液量は比較的多い傾向にあった。また、歯科保健行動目録の点数は他の2群に比べ高い傾向がみられた。全身の自覚症状に関しては、起床時、就寝時ともに少ない傾向がみられた。 朝食内容と生活習慣との関連について図2、図3、図4、図5に示す。“朝食ごはん”群の学生は運動や睡眠などの生活のバランスに気をつけ、食生活では3食とるように、昼食や夕食は手作り、緑黄色野菜も毎日とるように心がけている者が多く、また一人暮しの者は少なかった。 図6に食嗜好を示す。“朝食ごはん”群の学生はごはんが大好きであり、朝食に“パンや麺類”を摂取する者はパンが大好きであると答える者が多かった。 |
本研究の対象とした学生は、歯学部、衛生士学校とも、う蝕の指標(DT、MT、FT、DMFT)すべてにおいて、平成11年歯科疾患実態調査の同年代の全国平均と比較して少なかった。歯科の専門分野を履修し始めて日も浅いが、多少なりとも歯科保健に対するモチベーションがあるように思われた。 その一方、生活習慣や食生活の面では、“1日のうち1回以上欠食をする”とした者が、歯学部:男子学生;55.8%、歯学部:女子学生;34.5%、衛生士学校学生;28.6%であり、社会全体において若年者層の欠食者が増加しているとしてもこの値は非常に高く、そのほとんどが“朝食を抜く”と回答していた。(同年代の朝食の欠食率、男:30.8% 女:18.2% 平成7年)各群において食事を外食も含め自分で用意しなければならない者の割合は、歯学部:男子学生;41.9%、歯学部:女子学生;31.0%、衛生士学校学生;25.0%と欠食者率と連動しており、生活環境がその個人の食行動に大きく影響していると思われた。また、全体的に、3食を通し気軽に外食や市販の物(パン、おにぎり、お弁当等)を利用し、摂取時間も不規則な傾向がみられ、食事なのか、間食なのか判断し難い場合も多々あった。学生は、ごはんを主食にした日本型食事から対象者が離れている食生活をしていることが判明し、摂取栄養素構成バランス、食事内容を考える必要があると思われた。 今回の調査においては、“ごはん”と“口腔保健状況”との関連性を分析するのが目的であったが、欠食率が高かったこと、“ごはん食”離れが多かったこと、食生活を含めた個人の生活が多様化・複雑化していることが、目立った。食生活は、その個人を取り巻く環境の相互交流によって成り立っている。それを考えるとこの調査においても、単に一食品としての“ごはん”と“口腔保健状況”との関連をみて行くのではなく、生活環境全体(家族構成、通学時間、タイムスケジュール、嗜好等)を検討する必要があるように思われた。健康面では従来、“食”は、栄養性(基本的要素としての生命維持)にその機能を求められたが、今日ではそれだけでなく食習慣の変容のなかで食物の機能としてのテクスチャーが、咀嚼面から口腔内の健康だけでなく心や身体の全身の健康ともかかわっていることが予想された。 学生という立場で“食”に対する意識がそれほど高くなく、時間に追われた生活の中で、自ら食材を購入し、嗜好・季節感・郷愁(伝統)等を考え調理するのには無理があるようである。市販の物や外食を利用する場合も食事調査の内容より、丼物・皿物・調理パン等主食・主菜・副菜が混在しているものに頼り、軟食化傾向にあることがわかった。その中で“ごはん”群については、比較的、主食と主菜・副菜のそろった食事を摂り食品数も多く、とくに緑黄色野菜摂取回数に有意差がみられたのもこのためと思われた。“パン食”については、かつてのパンを主にした献立とは異なり、主食のみがパンに置き換わったのではなく、パン+コーヒー・ジュース・牛乳等の飲み物あるいはそれと果物が加わるというの食事パターンが多い様であった。 これらを考えると、はっきり関連づけるところまで今回はいかなかったが、“ごはん”群においては、一回の食事に“ごはん”とともに提供される食品が他の群に比べ、種類、調理形態、テクスチャー等多様であり、それゆえ咀嚼回数が増え、唾液分泌量も増加しするのではないかと予測された。 香川ら2)の報告においても従来のごはん食とファーストフード食とをほぼ同一のエネルギー量にして比較したところ、ファーストフード食では、食事時間、咀嚼回数ともごはん食の約半分であったとされている。ファーストフード食および洋食は、含有脂肪量が多いため同一エネルギー量では量が少なく、軟らかい物性であることなどが咀嚼時間、咀嚼回数を少なくしていると考えられた。
すなわち、ごはん食にすることで“咬むこと”を通し、口腔保健において影響があると言えるのではないだろうか。 |
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制作 全国米穀協会 (National Rice Association)
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