東京医科歯科大学 大学院 健康推進歯学分野 教授 川口陽子 研究協力者:品田佳世子、有明幹子、阿部智、杉浦剛 |
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日本においてこれまでどのような食に関する情報が一般の人々に対して提供されてきたのかを検討するために、データベース「日経テレコン」を利用して、1993〜1999年の新聞記事の検索を行い、「食に関する健康情報」を伝える記事182の内容について分析を行った。その結果、子供も成人も対象となる一般的な内容の記事が一番多く、また、専門家から意見を聞いて取材するといった形式の記事が3/4みられた。生活習慣病(成人病)や肥満など、食と関連した疾病についての情報を提供する記事も多く、また、カルシウムの不足、塩分の過剰摂取、カロリーの摂取、食物繊維の必要性などを指摘していた。さらに、食生活や食行動に関して、栄養のバランス、食教育、不規則な食習慣、日本の伝統食の大切さなどが記載されていた。 |
日本人の栄養摂取、食品の嗜好、食行動などは時代の推移とともに、変化してきている。人々の食に対する意識、態度、行動に大きな影響を与えるのが、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアからの情報である。現在、健康志向の時代背景のもと、さまざまな食に関する情報がマスメディアから発信されている。正しい適切な情報が人々に伝えられれば問題はないが、科学的根拠のない情報が、一時的な流行にのって無責任に報道されると、人々は情報を信じて誤った食行動をとってしまう場合がある。マスメディアからの情報提供は、同時に多数の人々の食習慣に大きく影響を与えるので、情報提供者の責任は重大である。今後、米およびごはん食に関する健康教育を行ったり、情報の普及啓発活動を行う際には、これまで人々に提供されてきた食情報の内容を整理しておく必要がある。 本研究では、日本においてこれまでどのような食に関する情報が一般の人々に対して提供されてきたのかを検討することを目的として、日本の新聞に掲載された食関連の情報記事について分析を行った。 |
日経総合販売株式会社テレコンサービス網のデータベース「日経テレコン」を利用して、新聞記事の検索を行った。対象としたのは、全国紙である朝日、産経、日経、毎日、読売(東京、大阪、西部)新聞である。これら5つの新聞の記事検索が可能であった1993年1月から1999年12月までの7年間を対象期間とした。キーワードとして「食」「健康」「栄養」の三つの用語を用い、その中から読者の投書欄の記事、本の紹介記事、地方版に掲載された記事などを除外し、一般の人々に「食に関する健康情報」を伝える記事182を選択し、その内容の分析を行った。 記事内容を客観的に分析していくために、あらかじめ食情報に関する項目表を作成し、記事の中にその項目に関する記載があるか否かの検討を行った。表には、1.対象者、2.記事内容の種類、3. 食と関連した健康・疾病の種類 4. 栄養素や食品、5.食生活・食行動の5項目を並べ、さらにいくつかの小項目を付け加えた。記事内容を読んで記載の有無を項目表に記録し、その結果を本研究の資料として分析した。 |
分析に用いた新聞記事182の要約を表1に示す。記事内容を分析した結果、以下の結果が得られた。
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生きている限り食べない人間はいないわけで、食はすべての人々に共通する話題である。また、食事は1日3回という高頻度で繰り返されることから、自分で食生活を変えようと思えば、容易にさまざまな試みが行え、非常に多くの選択肢がある。したがって、すべての食関連の新聞記事を収集して分析すると、莫大な量となってしまう。そこで、本研究では、「食」「健康」「栄養」というキーワードを用いて、人々に食に関する健康情報を提供する新聞記事のみを検索した。これらの用語が含まれない食関連の情報記事は除外したが、少なくとも1993年〜1999年に新聞に記載された食に関する記事については、大まかな内容の把握はできたと考えている。 食はすべての人々に共通する話題ということで、約2/3の記事が子供から高齢者まで、誰にでも共通する話題を提供しているものであった。新聞記事の出典は、栄養調査・食生活調査の結果をもとに専門家から意見を聞いて取材するといった形式の記事が多かったが、素人に取材して、食事のメニューや断食療法などの食に関する体験談を紹介したり、新しい栄養補助食品や食品の調理方法の工夫などを、読者に紹介する記事もあった。また、約1/2の記事が食生活と健康との関連について述べていた。 高齢者の食に関する記事は、9月の老人の日に合わせて長寿食などの話題で書かれていたり、また、近年大きな社会問題となっている高齢化の摂食嚥下障害や咀嚼障害に対する対応を述べた記事も見られた。今後、日本は超高齢化社会になることが予想され、在宅高齢者の数が増えるにしたがって、全身の健康、口腔の健康と合わせて高齢者に関する食の問題は大きく取り上げられていくと考えられた。 小学生や中学生に対しては、O-157と関連した給食の話題や、心の健康と食との関連を述べてイライラしたりすぐきれたりする子供の食生活の問題を指摘する記事もあり、その時代のトピックスと結びつけて、食に関する情報が提供されていた。子供の時からの食教育の必要性を訴える記事も多くみられたが、栄養に関する知識だけでなく、家族と一緒に楽しく食べることや、食事づくりから参加することの重要性を伝えている記事も多かった。現在の日本は、「孤食」「個食」の子供が増えるような社会環境であるが、そのような状況の中では食生活の理想論を述べても実現不可能で、毎日実践できる無理のない食生活改善のアイデアや助言などが、今後必要であると思われる。 栄養素・食品としては、カルシウムの不足、塩分の過剰摂取、カロリー、食物繊維の必要性などが、それぞれ骨粗鬆症、脳卒中、肥満、便秘などの疾病と関連させて、情報提供されていた。取り上げられた疾病の中で一番多かったのが生活習慣病(成人病)であり、具体的には高血圧、癌、糖尿病に対する情報が挙げられていた。小児成人病などを例にして、子供の頃からの正しい食習慣修得の大切さが強調され、毎日の食生活を振り返って見直してみようとする記事も多かった。また、食品数を増やして、栄養バランスを考えた食生活を送り、日本の伝統食を大切にし、運動を行い、ストレスを減らすことが、健康のために大切だと、読者に伝える記事が多く認められた。 今回調査した新聞記事の内容は、栄養学的、また医学的側面からも妥当なものであり、不適切だと考えられる特殊な話題はほとんど見当たらなかった。しかし、読者によっては低血圧なのに減塩を試みたり、よいとされる栄養素や食品のみを摂取する傾向がないとは限らない。新聞による食に関する情報は健康教育となるが、あくまで一般情報なので、個人個人の状況に適さない場合もある。また、読者が新聞記事から得た知識をいかに行動変容に結び付けるかが重要なポイントである。個人の食習慣に一番大きく影響するのはやはりその人の意識、態度、行動であり、「食に関する好み」は人それぞれで、食の個別性は高い。「好き嫌い」や「健康・疾病との関連」を含めて、誰もが食に関して一言持っているのが実状であり、どのようなメディアを使用しても、すべての人に適する情報を与えることは非常に難しい。今回は、新聞記事という紙に記載された視覚に訴える情報に関して分析を行ったが、 人間が自分のものとして習得する知識、態度、行動、習慣などを、情報入手の経路によって分けてみると、活字を通して得られた情報(視覚)は、量は大きいが具体性がないため一時的で頭を素通りしやすいといわれている。それに対し、実際の体験者から健康情報に関する助言を直にもらう(聴覚)と、紙面から得る情報より強い動機づけとなり、さらに、自分自身で体験(触覚)したことは忘れられずに身について、習慣形成に結びつきやすい。したがって、食に関する情報を広く人々に伝えていくには、媒体として新聞は適しているが、それだけでは不十分で、実際に人々に動機づけを行い行動変容を期待するならば、その後押しが必要である。すなわち、専門家(栄養士、医師、教師)などが同じメッセージを人々に直接伝えるたり、食や栄養に関する体験学習を同時に組み込むと、より一層効果的である。食に関しては、家庭において毎日体験学習することが可能であり、そのためには、食生活の中心的役割を果たす母親が正しい食情報を身につけ、実践することが必要であると考察された。 |
制作 全国米穀協会 (National Rice Association)
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